ガリレオ・ガリレイの名は、皆さんご存じでしょう。ピサの斜塔の実験とか、地動説での宗教裁判とか。何かとエピソードには事欠かない人です。でも実際はピサの斜塔の実験は作り話だろうと、科学史家は見ているようですし、ケプラーは地動説を堂々と、自分の著作で発表しているのです。こっそりと「それでも地球は動く」なんて言ってないのですよ。
しかしガリレオが偉大な科学者で、西欧近代の礎となる幾つかの業績を残したのは事実です。一物理学者として、ガリレオの最大の功績と思えることをご紹介します。
フィレンツェの科学史博物館
多くの方は上の図を見て、どこの写真だかお分かりになるでしょう。そうです。フィレンツェを流れるアルノ川とその上に架かっているポンテベッキオですね。ですがポンテベッキオから手前に数えて3建目の4階建ての建物が何か、お分かりになる人は少ないでしょう。これはフィレンツェが誇る科学史博物館です。ガリレオ関係の展示の素晴らしさは、世界一だと思います。フィレンツェを訪れる日本人は多いのに、この博物館を訪れる日本人は非常に少ないでしょう。でもフィレンツェはこの博物館を非常に大切にしていることは、ポンテベッキオのすぐそばにこの博物館を置いていることからも明らかです。
ガリレオの斜面の実験
ピサの斜塔の実験
ピサの斜塔の実験は、実際に行われたかどうか、疑われています。ガリレオの弟子が、作り話で話を面白くしたのじゃないかと考えられています。しかしピサの斜塔でなくとも、実験は出来ます。ガリレオがその実験を行ったことは間違いないでしょう。
ガリレオ以前には、物体は重いほど速く落ちると思われていました。そこでガリレオは二つの明らかに重さが違う物体を同じ高さに持ち上げ、そしてその二つを同時に落しました。そうすると二つの物体は同時に着地しました。
この実験ではピサの斜塔の高さは必要ありません。大人の背の高さでも充分です。実際私は物理学の講義で二つの物体を同時に落とし、それが同時に着地することを、何度もやって学生を納得させました。同時に落ちたことを確認するのは容易です。落ちた音が同時に鳴ることを確認すれば良いだけですから。
ガリレオは落下の高さと落下時間の関係を知ろうとする
ガリレオは様々な物を同時に同じ高さから落とし、紙や布など軽い物以外は落下時間は同じになることを知りました。明らかに落下時間は落下の高さで変わりますから、落下時間は落下の高さだけで決まるわけです。そこでガリレオは落下時間と落下の高さの関係を知りたいと考えました。
ガリレオの斜面の実験
その関係を求めることは、当時はとても難しいことでした。物はあっという間に落ちます。落下時間はとても短いのです。当時短い時間を正確に計るストップウォッチなどありませんでした。それどころか正確な時計すらありませんでした。正確な時計は振り子時計を待たなくてはなりませんでしたが、それはガリレオが発見した振り子の等時性を利用した物だったのですから。
ガリレオは斜面の利用を思いつく
ガリレオは素晴らしいアイデアマンでした。直接落下する物体の実験をするのは難しい。でも斜面を転がる金属球なら落下した距離と時間の関係を調べられるのではないか?
そう考えたガリレオは、ある装置を作ります。傾斜を変えられる仕組みを持った長い斜面をつくります。斜面にはまっすぐな溝を掘っておき、金属球がこの溝に沿って落ちていくようにします。
一方で爪を持ったベルを造り、金属球が通過し爪をはじいたら、ベル(鐘)をたたいて音を出すような仕組みを5~⒍個つくります。そしてこの爪を持ったベルを、斜面の溝に沿って位置を変えることが出来るように取付けます。軽くはじくだけで爪はベルを鳴らすので、金属球の動きの邪魔にはほとんどなりません。
この装置を再現したものが、フィレンツェの科学史博物館に置いてあります。そして係の人が興味を持った人にガリレオの実験を再現してくれます。
1,3,5,7,9,・・
実験の図解を右に示します。斜面の上部から球を落とすのですが、その位置から最初の爪の位置までの長さを単位にとります。この爪から次の爪まではその三倍の長さにします。更に次の爪までの長さを5、次は7と長さを段々広く取ります。そして球を所定の位置から離してやると、何とベルのカン、カン、カン、カン、カンと規則正しく等間隔で聞えます。斜面落下の等時性の法則とでもいったように。このようにして同じ時間で進む距離は1,3,5,7,9と増えていくことが解りますが、落下を始めてどれだけの距離を進んだかと言えば
- 1 =1×1
- 1+3 =4 =2×2
- 1+3+5=9=3×3
- 1+3+5+7=16=4×4
のようになり、時間の経過の二乗で増えていることが解ります。
落体の法則ー近代物理学の最初の重要法則
ガリレオの更なる検証と推論
ガリレオは更なる探求を続けます。斜面の角度を変えてみたり、落下させる場所と最初の爪までの長さを変えたり、幾度となく実験を繰り返します。そしてガリレオが行うことが出来た実験ではすべて、球を離す場所と最初の爪までの長さを1とすれば、一番目・二番目間の長さは3その次は5であることが常に確かめられた、と書いています。
行うことが出来た実験ではそうなのですが、行うことが出来なかった場合があるのでしょうか? すぐ解るように斜面の傾斜角が大きくなったら球の動きが速すぎて、実験がうまく行かなかったのです。それでもガリレオはその場合でも同じ法則が成り立っているはずだと思うことが出来ました。実験できる範囲で、繰り返し実験を行ったら、常に上記の関係が成り立っていましたから。人間の都合で出来なくても、神様は必ず同じ規則でこの世界をつくったはずだ。そう考えることがガリレオの時代には当然のことでした。更に彼は考えます。斜面の傾斜角を89度にしても90度にしても成り立つはずだ。そして考えます。90度と言うことは、斜面がなくても良いと言うことだから、落下する物体は同じ法則で落ちているはずだ、と。
ガリレオの落体の法則
ここで提起した問題は落下の高さと落下時間の関係でした。ガリレオに従って考えれば
落下の高さは落下時間の二乗に比例する
です。これが落体の法則です。そして西欧近代形成の一つの柱となった物理学の、最初の重要な法則です。実際後にニュートンは「プリンキピア」で、いわゆるニュートン物理学を完成させるのですが、最初の脚注にガリレオの落体の法則をあげています。そして斜面の実験は、多くの科学史家が最初の実験という意味で、アルファ実験と呼んでいます。
繰り返しですが、フィレンツェの科学史博物館は、そのような素晴らしい実験を見ることが出来るのです。そして私もそれに触発されて、同様の実験装置を作り、機会ある毎に多くの人に体験して貰いました。中学生や高校生にも。機会があればまた京都の地でもそれを続けたいと考えています。