副首都法案、なんやそれ

 副首都構想が法案にまでまとめられ、大人気を誇る高市首相のもと、国会で審議されるとか。でも副首都ってなんや。大阪、福岡、名古屋が副首都に手を上げているとかいうフェイクかも知れないニュースも散見するが。
 そもそも日本に法的な首都はあるのだろうか? 戦後の法体系の柱となる日本国憲法のどこにも書いてない。戦前にも東京が首都であるという宣言は寡聞ながらされていないと信じる。
 書かれてないけど当たり前や思う人がいるかも知れない。でも何故当たり前になるほど明らかなのだろう。いつからそうなったのだろう。
 日本にはみやこはある。千年の長き間、天皇がお住みになった街京都が今でもみやこである。文化庁も移転した京都は、誰もが認める日本文化のみやこである。明治天皇が京都を離れ東京にお移りになったとき、みやこを移すという宣言はされなかった。桓武天皇が京都にみやこを移すと宣言されたことと全く違って、東京にお移りになったとき、何の宣言もされなかった。だから京都の人は東京遷都と言わず東京奠都という。戦時下に東京都となったと言われる東京は、しかし一度も首都と法的に認定されたことはない。
 日本の法制史上、日本にはみやこはあるが首都はない。京都が首都であるとは歴代天皇の誰もが宣言されていない。頼朝に始まって慶喜で終わった歴代武家政権の将軍誰もが、その政権の基盤となる街鎌倉も江戸も首都であるという宣言はしていない。戦前も戦後も歴代天皇が東京を首都であるという宣言もしていなければ、歴代補佐である摂政関白あるいは総理大臣が、東京が首都であるという宣言もしていない。にも関わらず何故副首都が問題になるのか。法的に定められた首都が日本には未だかつてなかったというのに。
 首都という概念は西欧近代の概念であることは明白である。近代直前の西欧第一の首都は、現在から見て欧州中心部にありかつ最大規模の「領土」も持つ、神聖ローマ帝国の皇帝が住む場所だった。神聖ローマ帝国は現在のEUのモデルとなったことは、様々な観点からも解る。神聖ローマ帝国の首都はその歴史上ウィーンであることが長かった。しかしそれは固定されたものではなかったことは、ルドルフ二世の時代首都が彼が住むプラハになったことでも明らかである。その時代のプラハは、科学や文化の発展に大きく寄与した。しかしプラハがウィーンに次ぐ副首都であるとは誰も思っていない。パリもロンドンもストックホルムも、時の国王が住んでいた街であり、従ってその国王が統治する国の首都であった。
 神聖ローマ帝国議会は、ウィーンでは開催されなかった。通常それはレーゲンスブルクで開催された。また皇帝の戴冠式はアーヘンで行われるのが常だった。つまり神聖ローマ帝国は「副首都」はおろか「首都」を持たなかった。だからこそ十世紀のカール大帝の時代から始まり数百年の年月をかけて、欧州文化を育み、そして近代ヨーロッパを生み出す土壌となった。
 近代ヨーロッパは、欧州を抜け出し新天地を作った。アメリカ大陸に、そして南半球に。そのとき首都という概念が明確化された。西欧近代の最大の成果である民主的な政府を置くための街が首都であると。市民革命以前の政府である国王所在地である首都を引き継いで。そのためアメリカ合衆国は250年前の18世紀終盤に建国したにもかかわらず、19世紀初めに至るまで首都を持たなかった。ボストン、フィラデルフィア、ニューヨーク・・。民主主義の要である議会開催地は、毎年変わっていった。自由平等を確保した議会が開催される地が「首都」であった。このようにしてアメリカ合衆国が「首都」を造った。
 英語で言えば首都はキャピタル。そして議事堂はキャピトル。綴りでいえばaとoが違うだけでほぼ同じ、発音で言えばほとんど区別はない。少なくとも私は区別出来ない。アメリカではキャピタルはワシントン。そしてキャピトルはそのワシントンにある。サブキャピタルはない。副首都はない。
 今日本では副首都構想が語られる。そしてその大きな理由として、経済の中心である東京「有事」の際、首都機能を保つために必要な経済を支える街が必要であるとされる。
 こんな馬鹿なことを真面目に議論する国はない。首都はあくまでその国を支える政権ー国王であろうと議会であろうとーが存在する街である。国の政は本来その政権の及ぶ国の民の幸せを保つための機構である。本来の意味の経済(経世済民)を確保する為の機構である。有事においては、国全体が危機に陥るだろう。どこで政権を保つ議会を開くかは、そのときの政権が決める。国の有事であるから議会を担う議員は、移転先の街からの経済的利益を、当然ながら考慮してはならないはずだ。何故有事の際の首都機能が副首都に整備されていなければならないのか?
 古代ローマ帝国よろしくその世界的影響力を失いつつある合衆国の、首都ワシントンも経済の中心では決してない。それどころか、ほとんど経済基盤はない。巨大産業の本社もない。公立大学もない。有名私立大学もどう考えても三つ以上はない。地下鉄も遅れて整備された。トランプが無理矢理名前を載せようとするケネディセンターも、全米のコンサートホール、オペラ座にずっと遅れて20世紀後半に建設された。しかしワシントンには全米に支えられるプライドがある。全米がそれを認めている。だから今に至るまで首都であるのだ。ワシントン滞在中、私は純粋経験としてそれを全身で感じた。
 カナダの首都ケベックも経済の中心ではない。日本は経済の中心を首都とするから、経済のさらなる集中化が起こり、経済が停滞するのではないか? そして副首都というガラパゴス現象の発想を生む。副首都という概念はガラパゴス現象である。つまり島国日本にだけ通用する概念である。嘘と思うなら、副首都がある国を挙げて見よ。現代中国第二の都市であり、また経済の中心である上海も副首都と言っていないし、知る限り副首都となりたいと思う上海人はいない。釜山ですら副首都とは言っていないし、副首都になりたいと思う釜山人はいないだろう。アメリカには首都ワシントンはあるが副首都はない。私が知る限り欧州の国で副首都を法的に定めた国はない。
 78才の私は生まれた街である日本の「首都」東京に、人生のほぼ半分を住んでいた。アメリカの首都ワシントンに通算二年以上住んでいた。博多で育ち、京都で考えることを学んだ。集中化する東京は未だに好きではない。東京を離れたいま、東京に旅行に行く誘いもすべて断っている。
 首都は政権保有者の、国を代表するプライドがあるからこそ国の象徴であると思う。副首都構想に乗らねば政権を維持できない威勢は良い首相に、どれだけプライドがあるのだろうか。それに乗ってと言うよりしがみついて、「都」になりたい街の首長やその周辺ににどれだけプライドがあるのだろうか。東京にそして「副首都」に名乗りをあげる街に、どれだけプライドがあるのだろうか? 
 日本には首都は無い。明治維新の時、内戦の敵の本拠地であった江戸に、行幸として天皇が内戦後存亡の危機にある日本の存続のため、あえてかつての敵地に移り住まわれただけなのだから。徹底した攘夷論者を父に持ち、ご自身も洋服すらも嫌われていたが、千年の長きにわたって祖先が住まわれた街京都を離れてまで、国にこだわった明治天皇がおられたからこそ、国民は天皇を尊敬するのではないか。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、ラジオの前で歴代初めての敗戦宣言をなされた昭和天皇がおられたからこそ、国民は天皇を国民統合の象徴とみなすのではないか。平成・令和と、天皇は災害や困難に遭った人々に寄り添っておられる。だからこそ国民は天皇家が千代に八千代に続くことを、国歌を歌うたび聞くたびに願うのではないか。
 歴代天皇は、千年以上にわたって世界に比類なき安定と平和を持つ日本の歴史の重みを、身を以て感じておられるからこそ、これらの庶民の「常識」ではありえない行動を、真摯に努められているのではないか。天皇と国民の関係は千有余年続いている。それは男系天皇が続いたからでは決してない。これらの天皇を知るからこそ、国民にとって国旗を毀損することはありえない。
 副首都を定めるのなら、日本国憲法で主権を持つ国民投票で、首都を定めてからではないか。