リニアを推進すべきだろうか?

 JR東海はリニア完成の時期を延長したという報道がありました。またリニアにあれほど抵抗していた静岡県知事が、辞職するという報道もありました。
 この知事は政治家としてすごい人だったと感じています。日本経済停滞の中、リニアは人々の「希望」でもあります。東京との距離が「近まる」。そのように関係する地域の人は期待したでしょう。
 しかし「東京との距離が近くなる」という発想は、致命的な時代遅れの発想です。東京を中心とするという発想は、高度経済成長を産み、一時的に日本を「経済大国二位」に押し上げました。第二次世界大戦でアメリカに敗れ、荒廃した日本のプライドを保つために、「アメリカに追いつけ、追い越せ」という発想で、追いつくためのモデル都市が必要とされ、首都東京がそのモデル都市として選ばれたのです。
 何故東京だったのか? 日本の伝統を生かすために古い伝統を持つ京都ではなく、また原爆を落とされて必然的に世界の新しい時代の象徴となり得た広島ではなく。
 それは天皇がおられたから、占領軍アメリカが望んだから・・・。
 東京は地方にとって目指すべきモデルを提供してきました。東京にアメリカ生まれのハンバーグ食堂「マクドナルド」ができた、それ次はオイラの町だ。そのようにして日本は大変革を遂げ、その勢いはすさまじく、高度経済成長を経て経済大国第二位に、たとえ瞬時にせよ躍り出ることになります。
 その勢いはバブルの時代を産みました。でもその勢いはまさにバブル(泡)として、シャボン玉のように壊れて消えました。それは当然です。「アメリカに追いつけ追い越せ」の発想だとアメリカに追いつけば、その後の方向は、当然ながら誰も教えてくれないのです。目標を見失ったーそれが瞬間的なバブルの時代の、日本の状況だったのです。
 現代に至る政治の混迷が始まります。京都をモデル都市にしていたら、あるいは広島をモデル都市にしていたら、高度成長と失われた30年を経て、日本を前に進めるにはそのような疑問も役に立つのではないでしょうか。
 目標を見失った後も、勤勉で真面目な日本人は努力を続けます。とりあえずモデル(目標)とする東京がある、それに沿って我が町の発展を考えよう。そのように地方の人は考えます。どの町も自分の町の本来の伝統が未来を創り出す、という発想を主軸には置きません。一方で副軸(あるいは根底)には、東京に負けるものか、という発想もあるでしょう。それはあたかも、敗戦で打ちのめされた日本が、世界一強いアメリカに負けるものかと発想し、東京をアメリカに準じたモデル都市にしたような、日本人の負けず嫌いの発想が産んだ考え方でもあります。
 一方東京の人はバブルがはじけて日本が経済的低迷を始めても、地方ほど影響を受けません。とりあえずのローカルな課題があったのです。不動産バブルで取引された、戦後のみすぼらしい町を、高層ビル街に建て直すという課題が。現在のマスメディア本社の高層ビルも、失われた30年が始まってから建てられたものです。景気よく高層ビルを建てても、日本経済は停滞したのです。そのことを東京目線のメディアは、気がつくこともありません。

東海道新幹線以外の、もう一つの線は無いのか

 リニアは戦後の成長神話で常に語られる、東海道新幹線の発想の延長から考え出されたのは明らかです。東京タワーを建て直して東京スカイツリーを建てたのだもの、日本はすごい進歩をまだやってるよ。そう言いたいのでしょう。でも東京スカイツリーは、失われた30年のさなかに造られ、日本経済に何の影響も与えませんでした。狭い敷地に馬鹿でかい塔を建てたと、オタクの自己満足をもたらしただけでした。東京タワーを倒したゴジラも今はいません。建築物として東京を象徴する力も、もはや造り出せませんでした。
 昔は東海道新幹線を驚きの目で見る外人は非常にたくさんいました。私が若い頃、私のところにヨーロッパから来た人が、「時速200kmを超えている。それが列車の中にある表示で解る。」と驚いていたものです。英語ではブルトレインと呼ばれていました。
 現在多くの日本人は相変わらず新幹線が外国からの観光客から驚きの目で見られていると思っているようです。しかし鉄道は交通機関の一つです。人や物を移動させることによって、その地域の人の利便を計り、地域の繁栄に役立てる手段に過ぎません。最高時速を誇って満足するものではないのです。時速だけでなく、どれだけの広さでそれが活躍しているの? それをはかる指標は当該鉄道の総延長でしょう。 では時速250kmで走る鉄道網の総延長が長い国は?と聞かれたら正しい答えを言える人がどのくらいいるのでしょう。
 答えは間違いなく日本ではありません。答えは恐らく中国でしょう。中国の高速鉄道は時速300kmを平気で超えますし、その鉄道網は全土にそれこそ網の目のように張り巡らせられており、例えば上海から南京に旅行するとき、行きと帰りで別のルートをたどることは簡単にできるのです。これは事実です。私が驚きを持って実際に体験したことです。
 経済の大国第二位の中国に続いて経済大国第三位となったドイツも、中国に負けず新幹線網を全国に広げています。ドイツと日本の決定的な差は、日本の東京一極集中に対して、ドイツは徹底的な地域分散型国家になっています。あなたがドイツと聞いて思い浮かべる都市はどこですか? 首都ベルリン、それともミュンヘン?あるいはフランクフルト?
 Googleマップでいいですから、ドイツの地図を見てください。そして例えばあなたが思いつく都市とベルリンの鉄道路線を想像して見てください。東海道みたいな一本の線は見えてこないでしょう? ルートは何本もありそうだと思いませんか? そうです。通常ドイツでは十分離れた都市間の移動のルートは一本ではないのです。その複数の線に時速250kmの列車が走っているのです。
 翻って日本を考えてみましょう。何故大阪ー東京間は歴史を誇る新幹線があるのに、何故また東京と大阪を結ぶためのリニアを、環境破壊の恐れを排して走らせなければならないのでしょう。ちょっと考えればわかりますが、東京と大阪はもうすぐ新幹線で、別のルートで繋がろうとしています。そうです。北陸新幹線です。東京から日本海に出て、越中越前の富山・金沢を通り、上方の大阪に至る線が、もうすぐ開通しようとしています。やっと上海ー南京並みになろうとしています。いやベルリンーミュンヘン並みになろうとしています。北陸新幹線を大阪まで通すのは、無理してリニアを大阪ー東京間に走らせるよりも、ずっと安価で、また経済効果も上げる方法だとは思いませんか?それが開通すれば、2024年時点で全日本人が熱く心から賛成するだろう能登半島復興に、疑いもなく結びつくことは、中学生程度の地理の知識で間違いなく解るでしょう。
 江戸と上方を結ぶ道は江戸時代から第一の道は東海道でした。しかし他ルートもありました。事実大阪の陣で関東の軍勢は東海道と中山道に分かれて進軍しました。それが徳川が豊臣を打ち負かすための戦略でした。総力戦の時、一つの道から戦を進めると脆弱になることは、多くの歴史が証明しています。表と思わせて裏をかく、そんな初歩的な戦術の選択も出来ないことからも解るでしょう。城を一カ所しか持たなかったり、道を一本しか持たなかったりすれば、一時は覇権を握るときがあっても、直ちに滅亡の危機に陥るのです。
 そして今日本はその歴史的当たり前をわざわざ証明しようとしているようです。東京一極集中が失われた30年を産みました。東海道一本主義が、さらにそれを失われた一世紀を産むまで日本人は気がつかないのでしょうかね。

リニアは夢の乗り物か?

 そもそもリニアは夢の乗り物なのでしょうか? 東京目線の人々から散々たたかれている大阪万博の夢の乗り物-空飛ぶ自動車-とどちらが良いのでしょう?
 空飛ぶ自動車って、ちょっと考えたら「いいな」って思う人もそれなりにいるでしょう。でも僕はいやだな、だって自動車の交通事故で死ぬ人は、毎年無視できない人数ですよ。自動車は個人の自由移動の乗り物ですから、勝手に使えるのが必要条件でしょう? 勝手に使える乗り物が、空を飛んで事故を起こしたらどうするの? 墜落して町の真ん中に落ちますよ。繁華街の真ん中に。だから規制を当然行う。そう吉村さんは言うでしょう。でも常に規制緩和を同じ口で言っているのじゃないの?
 空飛ぶ自動車はめっちゃエネルギーを食います。そのエネルギーはどうするの? ガソリン、それとも電気? 電気自動車はエジソンが発明してすでに100年以上、そして期待され始めてからすでに2~30年。それでも普及していません。何故ガソリン車は急速に普及したのに、電気自動車は何年経っても普及しないの? 答えは単純です。ガソリンより電池は圧倒的に重たいからです。だから空飛ぶ電気自動車はあり得ない。だって重たい分空中に浮き上がるだけで、それだけ無駄なエネルギーを消費するのですから。
 そうです。だからリニアが良いのです。飛ばずに空中に浮き上がるから、ほとんど運動に対する抵抗なしに走れる「夢の乗り物」なのです・・・???
 そう考える人がいても、非難は出来ません。だって複数の高校の教科書あるいは参考書にそのようなイメージで書かれたものを見ていますから。
 でもそれは日本の近代教育の底の浅さを悲しいほど証明しているだけです。たしかに空中に浮かべば、地面との摩擦抵抗がなくなり、ずっと小さい空気抵抗だけになります。しかし浮き上がらせるには力が必要です。早い話、ものを持ち上げるにはそれだけで力がいります。一方台車を使ってものを動かすには、比較的少ない力で済みます。台車に積み上げる力と、台車を動かす力とでは、どりらが大きいの? 改めて確かめるまでもなく、持ち上げる力の方が大きいよね。
 リニアは重い車体を持ち上げながら走ります。それだけで莫大なエネルギーを費やします。したがって鉄道よりもエネルギー消費が大きいことが、鉄道総研の研究(論文がネットにも出ています)でも解っています。詳しい考察はまた別に書きますが、「エネルギー消費が少ない」という、物理を浅はかに学んだ結果の間違ったリニアに対する幻想は、早く吹き飛ばしてしまいましょう。
 でもそのような幻想を日本人が持っていることを非難できません。それも別の記事に書きたいと思います。
 ここではリニアが夢の乗り物であるという「幻想」を、少なくとも「間違っているかも知れないんだ」と、この記事を読んだ皆さんが、心のどこかに止めていただければ、ありがたき幸いに思います。